大阪地方裁判所 平成7年(シ)2号 決定 1996年11月11日
申立人
横野美子
右申立代理人弁護士
豊島秀郎
相手方
新東洋興業株式会社
右代表者代表取締役
中原春雄
右相手方代理人弁護士
小長谷國男
同
今井徹
同
中嶋秀二
主文
一 申立人が、別紙物件目録一記載の建物部分(以下、本件建物部分という)について、使用目的を麻雀店経営、期間を本裁判確定の日から一〇年間とする賃借権を有することを確認する。
二 本件賃借権設定にあたって申立人から相手方に対して交付されるべき一時金の額を、保証金五〇〇万円(解約時に充当すべき損害なきときは全額返還するもの)、権利金二〇〇万円(解約時に返還を要しないもの)と定める。
三 本件賃借権の賃料を一か月あたり二〇万円、毎月末日までに翌月分を支払うものと定める。
四 相手方は、本裁判確定の日から二か月以内に、相手方の費用で申立人が麻雀店を経営するために必要な間仕切りの設置、出入口の改造等の工事を行なえ。
便所や湯沸場の新設工事、その他の内装工事については申立人がその費用で行ない、相手方は申立人の右工事に協力せよ。
事実及び理由
一 当事者の主張の要旨
1 申立人は、本件建物部分について賃借権を有することの確認と右賃借権について相当の借家条件の決定を求め、次のとおり述べた。
(一) 申立人は、別紙物件目録二記載の建物部分(以下、取壊し前の建物部分という)を申立外株式会社難波工務店(以下、申立外会社という)から賃借して麻雀店を経営していたが、平成七年一月一七日の阪神大震災により右建物部分等を支える一階の柱の鉄筋が曲がってしまうほどの損傷を受け右建物部分の使用が困難となった。
(二) その後、相手方は、申立外会社から取壊し前の建物部分を含む鉄筋コンクリート造四階建のビル(以下、被災ビルという)を敷地ごと買い受け、右ビルを解体し、その跡地に本件建物部分を含む三階建のビルの新築工事を始めたので、申立人は、その建物の完成前である平成七年三月三〇日に相手方に対し罹災都市借地借家臨時処理法(以下、罹災都市法という)一四条に基づき賃借の申出をし、右申出は同月三一日に相手方に到着したが、相手方は、自己使用の必要があり罹災都市法一四条二項、二条三項の正当事由が存在するとして法定の期間内に右申出を口頭で拒絶した。
(三) しかし、単なる自己使用は、右の正当事由とはならないから、申立人は罹災都市法一四条に基づき本件建物部分につき相当な借家条件による借家権を取得した。
(四) しかるに、相手方は申立人の借家権取得を争うので、借家権取得の確認を求めると共に、相手方の係争態度からして具体的な借家条件の協議に応じないことも明らかであるから借家条件の確定を求める。
2 相手方は本件申立の棄却を求め、次のとおり述べた。
(一) 被災ビルは罹災都市法にいう罹災建物ではない。すなわち、該建物は、申立人提出の罹災証明書によれば損害の程度は半壊とされ、相手方提出の罹災証明書によれば一部破損となっていて一級建築士事務所によって修理可能と判断され、申立外会社に補修方の通知をしたが、補修工事を実施しないので、相手方が建築工事業者に依頼して補修工事に着手したところ、申立外会社とトラブルが生じたため、抜本的な解決を図るためビルと敷地を相手方が買取り、修理可能であったが、有効利用を図るため被災ビルを取り壊したうえ、建物を新築したものである。
(二) 申立人と申立外会社は賃貸借契約を合意解除し、敷金の返還を受けたほか、申立外会社から代替建物の提供を受け、同建物について賃貸借契約を締結している。
(三) 本件建物部分について、申立人が罹災都市法一四条一項の建物の借主に該当するとしても、相手方は建築した新建物について有効利用を図る必要があり、新築した建物には賃貸のスペースはなく、新築建物全部につき高度の自己使用の必要性がある。
二 当裁判所の判断
1 本件資料によれば、申立人主張の要旨(一)、(二)記載の事実を認めることができる。
2 そこで、(一)被災ビルは罹災都市法にいう罹災建物か否か。(二)申立人と申立外会社は賃貸借契約を合意解除したか否か。(三)本件申立に対する相手方の拒絶の正当な事由があるか否かの各争点につき順次判断を示すこととする。
(一) まず前記(一)の罹災建物か否かの争点につき判断するのに、相手方は、被災ビルは修理可能であったとして、補修は建替に比べて工期は短く費用も一〇分の一程度で済むとする一級建築士の報告書(乙第一二号証)や二一九〇万円で修理が可能だとする見積書(乙第一〇号証)を提出するが、乙第一〇号証の見積金額には設備工事・外装工事・店舗内装復旧工事・工事用電力用水費・地中梁損傷調査・復旧工事の各費用が含まれておらず、また乙第一二号証の記載内容は概括的であるうえその記載にあるように工期が短く費用も一〇分の一程度で済むとすれば、相手方が被災ビルの所有権を取得するや補修の道を選ばずに取り壊して建て直したのは不自然であって、右各書証の記載内容はそのまま信用することができないこと、相手方は被災ビルを取り壊し、修理が可能か否かの判定を非常に困難にしておきながら、罹災建物であることの立証を申立人に求めるものであるが、本件で提出された資料等に基づいてなされた当裁判所における鑑定の結果によれば、被災ビルは「補強により復旧する又は取り壊すもの」に該当し、補強により復旧するとすれば、詳細な調査が必要とされ、詳細な調査と耐震診断の計算に基づく補強復旧計画によるものでないと、恒久的に使用する建物の適切な修理にならないが、概ね損傷部位の範囲を推定して計算すると修理費として七七〇四万六〇〇〇円を要し、これは新築する場合の費用一億四二〇万円の約73.94パーセントに当たり、また建築専門家として被災ビルを恒久的に使用すると考えた場合再使用は勧められないとするのであって、右鑑定結果を導いた鑑定内容は妥当なものとして認容できること等から、物理的には修理が可能であるとしても、修理に莫大な費用を要するうえ、恒久的な建物として使用されることを考慮すると、被災建物は経済的に判断して滅失したものとみなすのが相当である。
(二) 次に、申立人と申立外会社は賃貸借契約を合意解除したのか否かの争点につき判断するのに、相手方は、合意解除を裏付ける事実として、申立人が取壊し前の建物部分を明け渡したこと、申立外会社に従前の賃貸借契約書を返還したこと(乙第七号証)、敷金の返還を受けたこと(同第八号証)、申立外会社から代替建物の提供を受け、同建物につき賃貸借契約を新たに締結したこと(乙第九号証)を挙げるのであるが、申立人は、平成七年二月二四日付けで申立外会社宛に罹災都市法一四条による賃借申出書を郵送していること(甲第五号証)、申立人が取壊し前の建物部分を明け渡したのは茨木市の危険勧告に従ったものであること(甲第六号証)、敷金の返還を受けたのは新建物の建築が始まった後の平成七年四月四日であること(乙第八号証)、申立人が現在申立外会社から賃貸している建物は、平成六年に不動産競売開始決定を受けたものであり、申立外会社が被災ビル等を相手方に売った代金を含め競売事件の債権者には債務の弁済がなされていないこと(乙第九号証及び証人中田忠重の証言)が認められ、申立人と申立外会社との取壊し前の建物部分に対する賃貸借契約の終了は、合意解除ではなく旧建物の滅失により終了したことによるものと認められる。
(三) 更に本件申出に対する相手方の拒絶に正当な事由があるか否かの争点につき判断するのに、正当な事由の有無の判断は、罹災借家人、建物所有者の双方が建物を使用する必要性、建物の用途、規模、構造、罹災借家人の借家の目的、地域性等の事情を考慮して、罹災借家人に借家を認めるのが適当であるかどうかを社会通念に従って判断するのを相当とするところ、本件資料によれば、申立人は、取壊し前の建物部分を十数年前から賃借して麻雀店を経営してきたが、右所在地は阪急茨木市駅から徒歩一、二分のところにあるのに対し、現店舗は駅から遠く離れていて営業成績が劣るうえ、該店舗は不動産競売開始決定を受けているものであり、申立人としては本件建物部分に戻る必要性の強いことが認められる。これに対し、相手方は、高額な代金で被災ビル等を購入し、多額の費用をかけて建築した新建物について有効利用を図ることは当然で、相手方のみが使用するために建築し、賃貸スペースはなく高度の自己使用の必要性があるというのであるが、相手方は従前四階建の被災ビルの一階部分のみをパチンコ店の店舗用に賃借していたものであり、被災ビルを購入して立替えた際には三階建とし、一階をパチンコ店用の店舗に、二階を事務室に使用しているものの、三階は会議室として使用しているにすぎないことが認められ、双方が建物を使用する必要性、建物の用途、規模、構造、罹災借家人の借家の目的等に照らすと、相手方の拒絶に正当な事由があるとは到底いえない。
そうすると、申立人は相手方に対し罹災都市法一四条に基づき、相当な借家条件による借家権を取得したというべきである。
3 そこで、相当な借家条件について検討する。
(一) まず、借家権の範囲につき、申立人は、鑑定委員会が第二案として示した三階入口の東側一杯までの範囲(別紙建物見取図②案の赤線で囲まれた部分)の賃借を主張するところ、鑑定意見によれば、同第二案の面積は、申立人が従前賃借していた階段部分を除く有効面積とほぼ同じ広さであることが認められるものの、同範囲を賃借の目的とすると二階から三階までの階段は専ら申立人のみが使用することになり、相手方がこの階段を用いて二階の事務所から三階の事務所へ行くことができなくなることや申立人は従前の賃貸借では階段部分を含めた広さが契約面積になっていたこと等を考慮し、鑑定委員会が第一案として示した本件建物部分をもって借家権の範囲とする。
(二) 次に、本件借家権設定にあたって申立人から相手方に対して交付されるべき一時金の額は、鑑定委員会の意見のとおり七〇〇万円(内五〇〇万円は解約時に返還する敷金、内二〇〇万円は間仕切りの設置や出入口の改造費に充当する権利金)とするのが相当であると考える。
(三) 更に、本件借家権の賃料は、この地域の新規賃貸借の標準賃料を基準にして従前の賃貸借における借家条件を加味した鑑定委員会の意見のとおり月額二〇万円とするのが相当である。
(四) また、本件建物部分を含む改築建物は、旧建物の存在した位置に改築され、その床面積は旧建物とほぼ同じであるが、従前の四階建を三階建にしたうえ、今回の震災で比較的被害の少なかった東側三階建の区分建物との内部の隔壁等を取り除き同建物と合棟してあり、現在の構造のままでは本件建物部分を麻雀店として使用するのに支障が生じるので、本件建物部分の間仕切りや三階出入口等を改造する必要があり、その工事は相手方の、麻雀店経営に必要な湯沸場や便所の設置等の工事は申立人の各費用で行うのが相当である。
しかして、通常なら相当な借家条件としては前記のとおり各工事費用の負担者を定めれば足るのであるが、本件資料によれば、相手方は、当初被災ビルが修理可能だとして申立外会社に修理するよう申し入れ、申立人にもその共闘を申し入れていたが、相手方が被災ビルとその敷地の所有権を取得するやそのことを申立人に秘し、申立人の了承も取らずに被災ビルを取り壊し、更に申立人から罹災都市法一四条による賃借の申出を受けると被災ビルは修理可能であったとして借家権を争う態度を示していることが認められ、このような相手方の対応に照らすと、費用を決めただけでは前記間仕切りや三階出入口等の改造工事を任意に実行しないことが十分予想されるので、罹災都市法が罹災地域の早期の復興を目的として紛争の迅速な解決を図るためにもうけられたものであることを考慮し、本件については単なる費用の負担にとどまらず、相手方に工事をすることを義務づけるとともに申立人のなす工事についても相手方の協力を義務づけることにした。
なお、麻雀店開業の許可条件として多少の工事を行う必要がある場合にその費用を申立人が負担し、相手方がその工事に協力しなければならないのは当然である。
(五) そして、従前の賃貸借契約(甲一号証)における約定と同様に、本件賃貸借の期間を一〇年間(罹災都市法が借地権についての存続期間を一〇年間としていることも考慮)と定め、その始期については、罹災都市法一四条による賃借の申出を建物所有者が拒絶して正当事由が争われた後それが認められなかった場合、結局申出から三週間経過したときに申出が承諾されたことになるが、その裁判が確定するまでにはかなりの期間が経過し、その間借家権を行使することができないことを考慮して、本裁判確定の日からと定める。
三 よって、主文のとおり決定する。
(裁判官浦上文男)
別紙物件目録<省略>
別紙建物見取図<省略>